最近私が自覚したことがあります、
それは自分の手でしか人生を変えることができず、
自分の手を動かすことでしか自分を信じられないということ。
他人のレンズを通して自分を見ても、
他人の人生を生きているだけに他なりません。
私は最近になってやっとそれについて気づき始めました。
きっかけは簡単なことで、何をやっても満足感をられず、
それどころか不安・恐怖が募っていくばかりでした。
「いい子」という名の、人生のバグ
他人の期待に応えるため、他の人から見た自分ばかり気にしている、
私は気づいたらそうなっていました。
そして、自分のうだつが上がらない原因を他に探してばかり。
親や会社、市場の期待に応えようとするばかりで、
中身に「自分」が全くいなかったのです。
他人の正解に合わせてばかりいることは一見すると効率的に見えますが、
長期的には「自己信頼」という最も重要な筋肉を萎縮させるアクションフェイキングだったのです。
自己信頼の減衰について
なぜ他人の顔色を窺うとパフォーマンスが落ちるのか。
それは単なる精神論ではなく、脳のリソースの奪い合いが起きているのです。
特に、守・破・離 の守→破に移行するタイミングでこれが起きるのではないかと思います。
かつての私がそうでした。
私たちは本来、自分の本音という「純正OS」で動いています。
しかし、他人の期待に応えようとすると、自分の頭の中に「他人のシミュレーター」を立ち上げ、そこで「相手ならどう答えるか?」「どう動けば正解か?」を常に計算し続けることになります。
この「他人の正解を予測する作業」は、脳のリソースを膨大に消費します。
その結果、本来の自分の意志(OS)が動かなくなり、動作が重くなったパソコンのように、「自分が何をしたかったのか」という初動の感覚が麻痺していくのです。
「嘘」という名の内部摩擦(エネルギー漏電)
本音(右に行きたい)と、期待(左に行くべき)の間にズレが生じると、心の中で猛烈な摩擦熱が発生します。
「本当はこう思っているのに、違うことを言わなければならない」という状態は、ブレーキをかけながらアクセルを全力で踏んでいるようなものです。この内部摩擦で生じた熱(ストレス)は、
あなたのやる気や自信を「熱」として外に逃がしてしまいます。
どれだけ頑張っても成果が「自分の自信」として蓄積されないのは、この漏電のせいです。
「条件付きの自信」という偽造通貨の蓄積
他人の期待に応えて得られる自信は、「相手が喜んでくれている間だけ有効」な期限付きの偽造通貨です。
- 期待に応えられたら、自分に価値がある。
- 期待に応えられなかったら、自分には価値がない。
この思考に陥ると、自信の蛇口を他人に握られている状態になります。
他人の機嫌一つで価値が暴落する通貨をいくら貯めても、あなたの「自己信頼(=自分を無条件に信じる力)」の残高は1円も増えないのです。
「期待に応える」ことは、他人の人生の仮想マシン(VM)になること
「期待に応える」ことを目標にして人の顔色を伺いながら生きることは自分のハードウェア上で他人のOS(価値観)をエミュレートして動かしている状態です。
常にリソースは食われ、動作が重くなり挙げ句の果てには「本来の自分」がなんだったのかわからなくなっていく、システムクラッシュです。
そして、転職においてもこれは同様です。
転職市場で最後に強い人はスキルセットが完璧な人ではなく、
「自分はこれがやりたいんだ」というOSが剥き出しの状態の人です。
真の自己信頼をリカバリーする3つのプロトコル
それでは実際に真の自己信頼を取り戻すための3つの手段について解説していきます。
「期待」を「ノイズ」として処理する
他人のアドバイスはデータとして受け取るが、「命令」として受け取ってはいけません。
この「期待」に照準を当ててしまうことが自己信頼喪失の始まりです。
必ず、判断軸は自分においてください。
2.不快感を「境界線」のサインにする
「不快」を感じた瞬間は自分の思いと他人の正解の間にギャップが生じている証拠です。
他人の正解が侵入してきた警告音として「不快」を感じてください。
もちろん、他人の正解がその場における正解である可能性も往々にしてあります。
その時は自分のOSをアップデートするべきタイミングです。
3.小さな「自分との約束」を120%守る
そしてこれが一番重要なステップです。
自分との約束はどれだけ小さくても120%で守ってください。
「今日は5分だけ副業をする」「朝はスマホを見ない」などこの自己信頼の回復においては
自分との約束の達成度が全てです。
自分との約束は極小にして毎日それを達成していくようにしてください。
まとめ:あなたは、あなたの正解を生きる義務がある
私たちは他人の人生を生きるために存在しているわけではありません。
常に私たちの人生の主人公は私たちであり、それを奪う権利は何人たりとも持っていません。
誰かの期待に応えるということは、誰かのレンズを通して自分を見ているだけです。
自分との約束、自分が信じる行動を積み重ねた結果、他人からの信頼が副産物としてついてくるだけです。
他人からの信頼を目的にして行動していては、いつか自己信頼の損失につながります。
鏡を見て他人の顔が写ってはいけません、
今はまだ鏡に映る自分が不恰好でもそれを愛するところからスタートしてください。
その瞬間から、世界で唯一無二が動き出します。
